自分が快適な生活をするということは、自分の好きなことをやっていればいいだけのことですね。
でもここでとても大切なことがあります。自分の好きなことをやるのと、自分の好きにやるのとは大きな違いがあるということです。
自分の好き勝手にやろうとすると人間関係に問題が生じます。 この世界に自分ひとりだけで生きているのなら、何をどうしようと何の摩擦も不調和も起こりません。共に生きている・・・ここに生きることの難しさと楽しさ奥深さがあります。
共に生きている中で、快適に生きる。これこそが私たちの目指している生き方ですね。
共存、この言葉が私たちが生きていく上での悦び、幸せ、調和、苦痛、不調和、人間関係のトラブル等の根底に係わっている重要なキーワードのように思えます。
私が今まで見てきた転落していった人々に共通している性格というか、生き方は皆、身勝手な心を持っているように見えました。自分のことを優先させて 他を踏みにじる。
私の人生に苦痛をもたらした要因は、今から思うと私の身勝手の思い、行為でもあったと思えるのです。
昔から言われている『与えよさらば与えられん』とか『積善の家に余慶あり』という言葉もこの共存というキーワードに当てて見るとよくわかります。
私たちが生きているこの世界には、共存に適したものが快適さを享受できるという見えざるルールがあると考えると、全てがはっきりと見えてきます。
これは私たち人間が集団を形成して生きていくなかで、必然不可欠のルールなのでしょう。
身勝手はこの共存のルールに反します。 ですから快適に生きようと思ったら、まず身勝手な行い、思いは止めねばなりません。
人間関係に於いて、道徳やよき行い(善)、美しさが求められるのもこの共存のためなのです。
自分の好きなことをしながら快適に生きる・・・これは共存のルールに従って初めて 可能なのだということを私たちはよくよく知るべきなのではないでしょうか。
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